Jul 29, 2009
ダブルベッドを買いました
私は以前から、ダブルベッドでゆっくり寝てと思い、やっと買いました。アパートの住宅なので、玄関から入る大きさとか、部屋の広さに合ったサイズかどうか、とても悩みました。ここでは、掃除しやすいのか移動が非常にではないか吟味しています。サイズも大きく、高い買い物なので、長く使えるデザインが良いと思いました。悩んだ結果あまりにも私たちのライフスタイルに合わせてベッドが到着しました。確かに非常に場所をとるが、毎年しているベッドの下の大掃除もあります。これからも長く愛用したいと思います。ソファを買うとき家具屋で実物を見てから購入する人も多いと思います。しかし、最近では、実物を見ずにインターネットショッピングモールで購入する人もいつもとなります。私もソファをインターネットで購入したことがあり、写真だけでは良さそうなソファだったのですが、到着すると、かなりイメージが違う失望したことがありました。
【豊見城】医療的ケアが必要な子どもたちとの出会いをきっかけに看護師を目指している女性がいる。宮里奈津子さん(35)=浦添市=で、7日、豊見城市の那覇市医師会那覇看護専門学校看護学科(3年課程)に入学し看護への道を歩み出した。子育てと両立の毎日に「目標があるから楽しい」と目を輝かせる。
宮里さんは昨年4月からことし3月まで、浦添市の鏡が丘特別支援学校の保健室で、看護師の事務補助をしていた。看護師は3人。発作で運ばれてきた子の状態を判断し、素早く対応していた看護師の姿が鮮烈に残った。宮里さんは「落ち着いていて、安心させる言葉を掛けていた。とてもすごいと思った」。
この出来事をきっかけに看護師への挑戦を決めた。「(35歳からは)遅すぎるかも。でも、年を重ねてほかの仕事の経験があるからこそ、有利なこともある」と冷静に見詰める。入学から1週間余。3歳になる息子、拓磨君の子育てで、宿題の時間が取れず、徹夜もしたが「苦にならない」と笑う。
同専門学校の久志篤子教務課長は「社会人の経験や努力を惜しまない姿が、ほかの学生に良い影響を与えている」とエールを送る。
宮里さんは3年後、小児科のある総合病院で働く夢を描く。「鏡が丘特別支援学校に通っている子どもたちにまた会えると思う。安心させられるケアをして、『任せてね』と言えるような看護師になりたい」と前を見据えた。
(高江洲洋子)
葉山町のビーチサンダル専門店げんべい商店と関東学院大学、地元企業の共同企画「ビーチサンダルデザインコンテスト」が19日、そごう横浜店で始まった。学生が横浜の七つの企業をイメージして描いたデザイン計65点を展示。来場者による投票で人気のあった作品を製品化する。
学生に発表の場を与えようと昨年始まった。デザインの対象は▽角川マーケティング(横浜ウォーカー)▽横浜F・マリノス▽神奈川新聞社▽FMヨコハマ▽横浜・八景島シーパラダイス▽江ノ島電鉄▽そごう横浜店。参加企業は昨年よりも4社増えた。
会場には電車やイルカ、横浜の街並みをあしらったものや、新聞記事を取り込んだもの、ラジオDJの名前をずらりと書き込んだものなど、多彩な作品が並ぶ。関東学院大によると、応募期間が震災で休校になった時期と重なり、作品は前年より少なかった。会場を訪れたげんべいの中島広行店長は「継続できたことは意義深い。完成度が高いものばかりですね」と話していた。
投票受け付けは5月9日まで。23、24日は会場で低アレルゲンクッキーの無料配布を行う。優秀作品は製品化し、7月中旬にそごう横浜店で販売する予定。
【関連記事】
夏の足音、ビーチサンダルのデザインコンテスト始まる/横浜
げんべい×関学、学生デザインのビーサン販売開始/神奈川
ビーサンのげんべいと関東学院大が共同プロジェクト開始、学生がデザイン/神奈川・葉山
ビーサンに「横浜」表現、関東学院大生デザイン/横浜
子供たちの感性きらり「こどもアート大賞」始まる/横浜
沖縄県立博物館・美術館(おもろまち3)県民ギャラリーで4月19日、男性紅型作家7人による合同紅型展「紅男志(びだんし)展」が始まった。今回で2回目。(那覇経済新聞)
年齢や工房の枠を超え7人の男性紅型作家が集い、それぞれの日々の活動の成果を一堂に展示する同展。今回は「男物一点」という課題に挑戦する。「紅型は女性の衣装というイメージが強い。男性でも着られる、持てるような紅型を一点以上考えてもらい出品することにした」とメンバーの宮城守男さん。
出品者は、宮城守男さん(33)、仲松格さん(39)、加治工摂さん(30)、外間修さん(42)、安次富長武さん(44)、永吉剛大さん(32)、宜保聡さん(38)の7人。
会場には、通常の紅型着物や反物、帯、タペストリーのほか、紅型を用いた風呂敷、招き猫のぬいぐるみ、怪獣文様の帯や着物、バスケットボールやコートを模様にした着物、紅型で染めた男性用シャツやチノパンツ、紅型で染めた月桃紙の凧(たこ)など、自由な発想で作られた文様やデザインの紅型約40点が並ぶ。作品近くに作家のプロフィールを添える。
「通常の紅型も文様や色使いなど新しい工夫を加えている。各作家が考える『男物』を探しながら楽しんでもらえたら」と宮城さん。
開催時間は9時?18時(金曜・土曜は20時まで)。入場無料。今月24日まで。
◇島々が津波ブロック、独特の景観健在/湾口では民宿街壊滅、養殖漁業も打撃
「島が守ってくれた」と町の人々は口をそろえる。日本三景の一つ、特別名勝の松島(松島町など)は、東日本大震災の津波による被害が周辺に比べて少なく、独特の景観も大きくは損なわれなかった。しかし、「守った」側の島では民宿街が壊滅状態となるなど、周辺地域のダメージは深刻だ。東北を代表する観光地に、以前のにぎわいはいつ戻るのか。【加藤隆寛】
遊覧船の発着場に面した松島町内の国道を、物資が積まれたトラックや自衛隊車両が行き交う。飲食店など数軒が営業を再開しているが、観光客らしき姿はない。歩道は所々でレンガがめくれ上がり、脇に泥やごみを詰めた袋が積まれている。しかし、倒壊した家屋は無く、公園の木々も折れずに立っている。芝生に積もった泥は、ボランティアの手を借りてかき出されていた。
200を超える大小の島々が津波の緩衝体になったとみられている。「これぐらいの被害で済んだのは奇跡」。大正時代から続く土産物店「尾張屋」の店先で、従業員の大宮司寛さん(43)が扉を洗っていた。約1・2メートル浸水し、売り物はすべて流されたが「周りにへこたれている人はいない。落ち込んでいてもしょうがない」。震災の6日後には、地元商店会のメンバーが集まって復興に向けた協力を誓い合った。
松島のシンボルでもある「瑞巌寺(ずいがんじ)」「円通院」「五大堂」は、10日に拝観を再開した。しかし、わずかに訪れる参拝客は県内からの人がほとんどで、被災地の知人を訪ねた帰りに寄るケースが多い。円通院の天野晴華副住職(30)は「周辺のホテルや店でも従業員の解雇の話ばかり」と肩を落とした。
「東北復興の先導役になろう」という機運は地域で共有されているが、震災がこれだけ広範囲にわたって甚大な被害を与えたことを考えれば、誰もが観光地としての行く末に不安を感じざるを得ないはずだ。それでも、大宮司さんは「見に来てほしい美しい島と穏やかな海は、ちゃんと残った」と言葉に力を込めた。
◇
松島湾に沿って車で東松島市に向かう。山あいを約20分走り、新東名(しんとうな)地区に入ると風景が一変。がれきが散乱し、土台だけになった家々が無残な姿をさらす荒野が現れた。その先の野蒜(のびる)海岸は、防風林がすべてなぎ倒され、住宅街が消えていた。同海岸の付近は、一度に200人以上の遺体が見つかった場所だ。
さらに走り続け、「奥松島」と呼ばれるエリアに到達。宮戸島の東側に並ぶ月浜・大浜・室浜の3集落を回ったが、どこもがれきの山と化していた。「月浜民宿村」の看板が掲げられた一帯では、約30軒の民宿がほぼ全壊。大浜との間を結ぶ道路は崩落し、寸断されていた。
ノリの養殖が盛んな室浜にも、約5・2メートルの堤防を越えて津波が押し寄せた。がれきの中に、「1台約2000万円」というノリ用の乾燥機がひしゃげて横倒しになっている。海岸から望む「嵯峨渓」は日本三大渓の一つに数えられる絶景。崖の一部に崩落の跡が見えた。
海岸で釣り船店を営む男性(79)は「まさかこの堤防を越えるとは」とうなった。野蒜地区に住む弟(75)の行方がまだ分からない。「小さな漁師町だから結束は強い。力を合わせて、何とか生きる道を見つけたい」。男性によると、津波の犠牲者は3集落合計でも数人。高台が近いため、声を掛け合うなどして早く避難することができたという。壊滅的な打撃を受けた養殖漁業をどう立て直すか、住民たちの話し合いが日々続いている。
◇
瑞巌寺は26日に震災の慰霊法要を予定する。松島湾遊覧船も早期の運航再開を目指して準備中。一帯の宿泊施設は多くが既に稼働中で、ボランティアや企業関係などの支援部隊の拠点になっている。大手旅行代理店JTBの広報室は、東北地方への旅行予約について「4月に入りだいぶ戻ってきている。交通手段の復旧に合わせて徐々に増えると見ているが、観光目的か震災支援目的かまでは分からない」としている。
4月20日朝刊
【関連記事】
福島第1原発:2号機汚染水の再漏出防止へ
東日本大震災:安易な復興ムードに警鐘 精神科医の野田氏
地デジ:3県の移行延期を発表 岩手、宮城、福島
東日本大震災:「お父さん、ありがとう」妻の声津波に消え
福島第1原発:IAEA、近隣施設も調査へ
WriteBacks
writeback message: Ready to post a comment.