Jul 21, 2009

リークがうるさくて仕方がない

リークがうるさくて、夜はお上手だという人もいる。もちろん、パッキンが緩くなることだと思うが、女性は治療が難しいかもしれない。漏水音と気になって仕方がない。あんな音に限って耳に残っていることだ。それでも自分で修理にお金がもったいないということで我慢する人もいる。
日本の水道水は非常においしいと評判だと聞いたことがあります。しかし、原発事故などを受けて、水道水に対する不安感が高まっており、ウォーターサーバーに注目が集まるでしょう。ウォーターサーバーは水を常に清潔に保つシステムで、最近、放射性物質を除去する濾過膜を使用したものがあるので安心感があると思います。
 東日本大震災の被害にあった学校を支援するため、退職した元校長らがボランティアグループを結成し活動を続けている。これまで学校書類の復元などを進めてきたが、今後は子供の心のケアに支援の軸足を移すという。

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 宮城県栗原市立志波姫小学校の校長を今春退職した鎌田清さん(60)が呼びかけ、元教員13人が参加。震災1カ月後の4月11日に活動を始め、これまで東松島市や南三陸町の小学校で、成績などを記録した指導要録や明治期からの学籍簿など、主に塩水につかった書類を修復した。指導要録は転校先や進学先に送るため早急な復元が必要。現場の教職員は学校再開で手いっぱいだが、個人情報なので学校関係者以外には任せにくく、鎌田さんは「元教員だからこそ手伝える」と買って出た。

 書類の修復作業は5月で一区切りをつけ、6月からは本の読み聞かせや花壇に草花を植える活動を中心に据える。物資の提供などを希望する団体と学校の橋渡し役も務める。

 5月末時点で約4000キロを走行し、ガソリン代の負担が課題。息の長い支援を目指し、財団法人が行っているボランティア団体への助成に応募した。

 「教員経験を生かし、学校が困っていることを裏方として支えたい」と鎌田さん。「現場の教師が児童と接する時間を作れるよう、沿岸部の各地に元教員のボランティア組織が広がってほしい」と願う。【長野宏美】


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 東日本大震災の被災地では、ボランティアの活動も長期に及び、被災者との間でさまざまな交流も生まれている。宮城県岩沼市内の公園に設けた「テント村」で寝泊まりしながら活動するグループは、震災直後から園内の生活に独自ルールを制定し、付近住民に迷惑を掛けないように配慮してきた。住民側も「長くいてほしい」と風呂に入ってもらったり、食事を差し入れしている。【小林洋子】

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 「テント村に来なければ1週間くらいで帰っていたかもしれない」。4月22日からボランティアを続け、2代目のテント村「村長」を任されている広島県出身の星加自然(ほしかじねん)さん(25)はこう振り返る。「何かしたい」と同市を訪れたがボランティアもキャンプ生活も初めて。手助けしてくれたのが、既にテント村にいたボランティアで、テントの張り方を教えてくれたり、シートを貸してくれた。

 テント村には独自ルールがある。テントを張る場所は公園隅で、子供たちが遊ぶスペースを奪わない。ゴミ袋など共用品は金を出し合って購入。午後8時から翌朝5時半までは「サイレントタイム」で静かに過ごす。

 このような気遣いを知ったのか住民からは「うちの風呂を使って」「料理を食べて」などの申し出が増えた。市内の会社員、菊地忍さん(42)も地元の団体や知人に呼び掛けて牛丼や焼きそばを差し入れしてきた。「テント村の人に少しでも長くいてもらいたい。また岩沼に来てもらえるよう環境を良くしたい」と菊地さんは話す。

 ただ、東京都から来た竹野耕平さん(39)が「早くヘドロを片付けたいが厳しそうだ」と話すように復興への道のりは厳しく、今後の体調管理も課題になりそうだ。ボランティアの数も減り、5月の大型連休では150近くあったテントが今は平日で約20張りにとどまっている。

 がれき撤去などに当たる星加さんは「頼まれた仕事を時間内にできないこともある。いつ元に戻せるのか」と厳しい表情を見せた。


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 東日本大震災で大きな被害を受けた福島県新地町のボランティアセンターで、自転車で世界一周を目指す兵庫県姫路市出身の西川昌徳さん(28)が旅を中断してスタッフとして活動している。海外での被災者支援も経験した西川さんは、被災者とボランティアの橋渡しを担う活動について「相手を思いやり、気持ちをしっかりと伝えることが重要で、海外での日々と変わらない」と話している。

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 大学時代にバックパッカーとして海外を巡り「何でも自分でしなければならず、成長できる」と旅に魅せられた。06年5〜12月には自転車で日本を一周。11月には新地町にも立ち寄り約1週間滞在した。07年7月から中国・上海を起点に世界一周を始め、09年12月にはインドまでアジア8カ国を走破。途中の08年5月に四川大地震が起き、ボランティアとして約4カ月間、現地入りした。旅の再開を考えていたところに東日本大震災が発生。新地町も被害が出ていることを知り、居ても立ってもいられず駆けつけた。

 ヒッチハイクなどで同町に到着したのは4月6日。避難所を訪ねてパンクした自転車を見つけ、持参した道具で修理した。その姿に気づいた被災者から、がれきを運ぶ一輪車のタイヤの修理を依頼された。数日後、持ってきたコーヒー豆と道具で避難所近くに「移動喫茶店」を開設。次第に町の人と打ち解けていった。同21日にセンターが発足すると十数人いるスタッフの一人として迎えられた。

 言葉が通じない海外での旅や四川大地震の復興ボランティアでは「相手の立場を考えてから行動を起こす」ことが大原則だったという。今、被災者とボランティアが気持ちよく作業できるよう橋渡しする役割でもそれは変わらない。西川さんは「誰かを思いやることは被災地にいなくてもできる。そのことに、多くの人に気づいてもらえれば」と話し、しばらく活動を続ける考えだ。【内田久光、深尾昭寛】


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